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2010年4月 6日 (火)

「復活の主との出会い」

100406_0937201 イースターメッセージ

     ヨハネ20:1-18「復活の主との出会い」

  ※ブログ用に礼拝説教に加筆修正をしています。 

その朝マグダラのマリヤは深い悲しみの中で墓に向かった。なぜなら「メシヤ」と仰いだイエスが突然捕えられ、ローマ帝国によって処刑されてしまったからである。

 人は愛する者を失う時、4つの感情に翻弄される。それは孤独感、不条理感、罪責感、怒りである。この朝のマリヤもそうで、彼女はイエスの死によって、大きな支えを失い「孤独」の中にあった。

 また、イエスの身に起こった突然の逮捕と尋問、ムチ打ちと十字架は、彼女の心に「神がいるならばなぜこんな事が起こるのか?」と云う不条理感を生み、一方自分に対しては、その事に対して何の力にもなれなかった自分自身を責める罪責感をもたらし、やがてその嘆きは、それを実行させた宗教指導者や刑を執行したローマ帝国に対する怒りとなった事だろう。

ところがマリヤは空の墓で、復活の主と出会う。そして主は、優しく彼女に声を掛け、ご自分の死の意味を彼女に告げられた。その時、彼女の心は開かれ、心の内に喜びと希望が湧き上がってきた。

そして今、復活の主は、主の前に立つ私達にも同じ恵みを注いで下さる。孤独の中に悲しむ者には御言葉の励ましを、不条理を訴える者には神の摂理を、罪責感に苦しむ者たちには罪の赦しを、怒りに震える者たちには落ち着きを、主は惜しみなく与えて下さる。

だから・・この朝私たちは、自分の心の内を主に知って頂こう。主が私たちの必要に応えて下さるから。主イエスはもう墓の中にはいない。今や主は、父なる神の右に座し、私たちを喜びと希望、自由の中に招いて下さる。

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